プレイステーション2は、 2000年3月4日にソニーコンピュータエンタテインメントが発売した据え置き型ゲーム機。
2000年3月4日:39800円。
2001年4月18日:オープン価格
2001年6月28日:35000円
2001年11月29日:29800円
2003年5月15日:25000円
2003年11月13日:19800円
プレイステーションの後継機です。
プレイステーションと同じく、久夛良木健氏の主導で開発されました。
前世代であるプレイステーションとの互換があり、
発売直後から多くのソフトで遊べるというメリットがありました。
プレイステーション2の特徴は、 当時はまだほとんど普及していなかったDVDプレイヤー機能が内蔵されていることです。
当時のDVDプレイヤーは、7〜8万円程度はするものでしたから、
プレイステーション2の39800円という価格は、破格の安さと言えるでしょう。
これだけ安価でありながら、最新のソフトや過去のプレイステーションのソフトも遊べるのですから、 売れないはずがありません。
事実、プレイステーション2は発売直後から爆発的な売れ行きを見せました。
DVD市場が勢い付いたのも、プレイステーション2の貢献が非常に大きかったのです。
ソフトメディアもDVDが採用されており、4.7ギガバイト(片面一層)もの大容量を実現したのです。
前世代プレイステーションに採用されていたCD-ROMは700メガバイト程度でしたから、 実に7倍近い容量になったのです。
これにより、今までよりもゴージャスなゲーム体験が可能になったのです。
プレイステーション2は発売直後から好調な売上げを続け、
国内の累計販売台数は、前世代(1960万台)を上回る2169万台を記録しています。
世界累計販売台数はなんと1億5000万台を突破しており、史上最も売れた据え置きゲーム機となったのです。
ライバルハードである任天堂のゲームキューブは国内404万台、世界累計2174万台、
マイクロソフトのXboxは国内50万台、世界累計2400万台ですから、
ソニーのプレイステーション2は、これらライバルハードを圧倒する普及台数です。
この世代は、正にプレイステーション2一強時代だったと言えるでしょう。
しかし、その華々しい売上げの影で、ゲーム市場はどんどん縮小を始めていたのです。
プレイステーション2は、ハード販売こそ堅調でしたが、 ソフト販売本数はプレイステーションを下回っていました。
大多数のソフトは、プレイステーション時代よりも販売本数を落としており、
これはドラゴンクエストやファイナルファンタジーといったビッグタイトルも例外ではありません。
プレイステーション2は、DVD再生機能を目的に購入していたユーザーが大勢いたということでしょう。
更には、メディアの大容量化に伴ってプリレンダリングムービーが横行したことも、
ユーザーから敬遠された一因でしょう。
プリレンダリングムービーは、要所要所で上手く使えば効果的な演出となりますが、
大多数のメーカーは、無駄に長いプリレンダリングムービーを多用するだけの、
つまらない使い方しかしてきませんでした。
ハード性能が上昇したことで、グラフィックを追求することばかりに囚われた結果、
ゲーム自体の作りこみが疎かになる作品がたくさんあったのです。
また、ソフト自体のマンネリ化も、市場の縮小に影響していたと思われます。
ゲームハードの性能向上に伴い、ソフト開発費はどんどん膨れ上がっていました。
となると、売れるかどうかわからない新規作を開発するメーカーは少なくなります。
結果、一定の売上げが見込めるであろう、 過去に人気のあった作品の続編ばかりが作られるようになったのです。
しかし、続編タイトルは基本的に前作よりも複雑化するものですから、 新規ユーザー数はどんどん減少してしまったのです。
といった具合に、プレイステーション2の繁栄には、負の側面も潜んでいたのです。
そして、その問題点は後継機プレイステーション3で明白となるのですが。
ゲーム市場が縮小していることを受け止めていなかったソニーの失態だったと言えるでしょう。
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