ドラゴンクエストは1986年5月27日にエニックスが5500円で発売したファミコンソフト。
通称ドラクエ。
その名前を聞いたことがない人はまずいないであろう、国民的大人気RPGです。
シナリオ・ゲームデザインは、週刊少年ジャンプでライターをしていた堀井雄二氏、
キャラクターデザインは、同じく週刊少年ジャンプでドラゴンボールを連載していた鳥山明氏、
音楽は、当時CM楽曲や様々なグループサウンズを手がけていたすぎやまこういち氏が担当しました。
この3人は、以後のドラゴンクエストシリーズでもずっと中心人物として活躍しています。
1980年代前半のアメリカでは、既にパソコン市場でRPGがいくつも発売されていました。
特に、ウルティマやウィザードリィは非常に人気で、
堀井氏がドラゴンクエストの開発に至ったのも、ウルティマやウィザードリィに影響を受けてのことでした。
しかし、RPGというジャンルは、遊ぶうえで理解していなければならないルールが非常に多く、
一部のゲームマニアにしか楽しめないものだったのです。
ドラゴンクエストは、ウルティマやウィザードリィの良い部分を踏襲しつつ、わかり辛い部分は極力排除し、
誰にでも遊べるように再構築したものなのです。
ウルティマとウィザードリィを参考に開発されたゲームとしては、
1985年に発売されたパソコンゲーム"夢幻の心臓U"があり、 ドラゴンクエストが初というわけではありません。
しかし、夢幻の心臓UはRPGとしてはまだまだ完成度の低いものであり、
ドラゴンクエストのように国民的タイトルとはなりませんでした。
(まあこんなドマイナーゲームを知っている人は少ないでしょうし)
当時はまだRPGというジャンルが認知されていない時代でしたから、
堀井氏は、いきなり複雑な内容にすると遊んでもらえないだろうと考えていました。
そこで、段階を踏んでRPGへの理解を深めてもらうことにしたのです。
1作目は一人で冒険し、RPGの基礎を知ってもらう。
2作目は3人パーティーとなり、複数のキャラクターでの戦略性を知ってもらう。
3作目はキャラクターメイクできるようになり、自分オリジナルのパーティーが作成できる。
という風に、ドラゴンクエストは最初から3部作になることを前提として開発されたのでした。
しかし、ファミコンでのRPG開発は非常に険しい道のりでした。
当時のファミコンソフトの容量は非常に少なく、初代ドラゴンクエストはわずか64キロバイトしかありません。
これは、携帯電話の待ち受け画像一枚分程度の容量です。
こんなわずかな容量の中に、グラフィックや音楽や文章やプログラムが全て詰め込まれているのですから、 驚くほかありません。
この少ない容量を実現した背景には、容量削減のための類まれなる工夫があったのです。
(関連リンク:容量削減の創意工夫)
ドラゴンクエストの特徴の一つは、主人公が一切しゃべらないという点です。
主人公が勝手に会話すると、どうしてもプレイヤーは第三者的な視点になってしまいます。
主人公がしゃべらないことが、主人公=プレイヤー自身というイメージを強く印象付けているのです。
この作風は、現在までのドラゴンクエストシリーズ全てに共通しているものです。
スタート地点であるラダトームのお城を出ると、すぐ目の前に最終目的地である竜王の城が見えているというのはすごいです。
(ただし海に囲まれているため、すぐに竜王の城へ行くことはできません)
最初に目的地を提示することで、ゲームの目的が竜王の城に行く(竜王を倒す)ということを印象付けているのです。
初代ドラゴンクエストでは、冒険を中断・再開するには、必ずラダトームのお城を利用しなければいけませんので、
プレイヤーは、ゲームをする度に竜王の城の存在を意識することになるのです。
また、目的地が見えている分、そこへ到達するまでの期待感が高まる効果もあるのです。
ゲームオーバーがないということも画期的でした。
主人公は冒険の途中で力尽きてもゲームオーバーにはならず、
お金を半分失うだけで、その他のペナルティは一切なく、再度お城から続きをプレイできるのです。
時間さえかければ誰でもクリアができるというこの仕組みは、RPGのハードルをものすごく下げたのです。
ウィザードリィは、蘇生に2回失敗するとキャラクターが消滅するというシビアなシステムでしたが、
それに比べると、ドラゴンクエストは何とユーザーフレンドリーなことでしょう。
こういった心遣いが、後のシリーズ大ヒットに繋がったのだと思います。
しかし、発売前のテストプレイで予期せぬ問題が起こりました。
当初の予定では、スタート地点はラダトーム城と町の中間地点の何もないフィールド上でした。
目の前に城や町があれば、プレイヤーは自然とそこへ向かうだろうと考えていたのです。
しかし、小学生を集めて行われたテストプレイでは、
町や城に入らずフィールドを歩き回り、すぐにモンスターにやられてしまう子供が大勢いたのです。
ドラゴンクエストは、わかりやすく、誰でも楽しめることを目標に開発していましたから、
この結果はショックだったでしょう。
そこで、スタート地点はラダトームの王室に閉じ込めるという風に変更されました。
・「はなす」で王や兵士達から話を聞き、主人公の目的を理解させる
・「とる」で宝箱を開けて中身を入手する
・「とびら」でカギを使って扉を開ける
・「かいだん」でかいだんを降りる
といった具合に、王室を出る時には、ゲームの進行方法を一通り理解した状態となっているわけです。
昨今のゲームは、操作方法を覚えさせるためにチュートリアルモードを採用していることが多いですが、
本来のゲーム部分とは乖離していて、何ともスマートではない印象を受けます。
その点、ドラゴンクエストは普通にゲームを進めていけば自然と操作を覚えられる作りになっていますから、
非常に高いレベルデザインがなされていると感心します。
堀井氏は週刊少年ジャンプでファミコン関連の記事を担当しており、
ドラゴンクエストの開発過程を随時誌面で紹介するという、自作自演的な宣伝をしていました。
当時の週刊少年ジャンプの発行部数は300万部程もありましたから、その宣伝効果は絶大です。
また堀井氏は、記事に対する読者の反応を見ながら、シナリオを書き直すということもしていたようです。
ところが、発売直後はあまり売上げが芳しくありませんでした。
いくら誌面で面白さを訴えても、RPGという未知なるものへの抵抗はまだまだ大きかったのかもしれません。
しかし、その面白さが口コミで広まり、徐々に売上げを伸ばし、
最終的には150万本を売上げるヒットとなりました。
ドラゴンクエストは、RPGというジャンルの面白さを世に広めることに成功したのでした。
その後シリーズを重ねることで、日本のゲーム業界を代表するビッグタイトルへと成長していくのです。
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